最強羽生将棋の対局BGMはすごいという話

最強羽生将棋を語る上で不可欠なのが、独特なテクノ調の音楽です。

 

ピアニストの新澤健一郎氏が作曲されたこれらのテクノ調の音楽には、あまり高級な音源を使われていません。にもかかわらず、ゲームの演出面で最大限の効果を発揮し、従来の将棋ゲームのイメージを覆す斬新なものとなっていました。

 

しかし、これら楽曲がすごいのは単に「斬新、制約の中での高い品質」という点だけではないと私は思っています。

 

その理由について私の考えを書いていきます。

なお、筆者は作曲家ではなくただの将棋ゲームをやたらやりこんでいる人であり、この記事はだいたい主観と推測で構成されています。ご容赦ください。

将棋ゲームの対局BGMは邪魔者扱いされがち

将棋ゲーム関係のネットの書き込みなどを見ると、「将棋ゲームのBGMは最初にすぐオフにする」というものが数多く見られます。

実際最強羽生将棋の対局BGMはデフォルトでオフであり、これは将棋ゲームを数多く作ってきたセタにとって自然な選択だったのではないかと思います。

 

BGMをオフにするというのは、RPGやアクションなどの他の多くのゲームではあまり見られません。

将棋ゲームの対局中のBGMと他の多くのゲームのBGMには、なにか違いがあるのでしょうか?

 

将棋ゲームのBGMがオフにされることについて、私は以下の3点が大きな要因ではないかと思っています。

 

1.ループが気になって集中が削がれる

2.音楽にハードウェアリソースが使えない

3.楽曲の盛り上がりなどがかえって思考の妨げになる

 

1.ループが気になって集中が削がれる

普通のテレビゲームでは多くの場合、場面の変化が頻繁に起こります。もちろん、その都度BGMが変わります。

一方で、将棋ゲームは1回の対局、つまり1つの場面が1時間や2時間は平気で続くのです。その間BGMはずっと同じです。

 

どんなにいいBGMでも1時間や2時間連続でループされたら、流石にループが気になってきます。

更に将棋ゲームの場合、もっと深刻なことが起きます。

将棋ゲームでは、対局中プレイヤーはずっと脳をフル回転させています。

単調なループBGMを聞きながら思考を張り巡らせていただけばわかると思うのですが、BGMに引っ張られて思考がぐるぐる回ってしまったり、どんどん考えがまとまらなくなったりして本当に辛いのです。

 

 

2.音楽にハードウェアリソースが使えない

ただ、他のジャンルのゲームでも同じ場面が続くような場面はあります。

この問題の解決策を提示しているゲームの代表例として、ゼルダの伝説 時のオカリナというゲームが挙げられます。

 

ゼルダの伝説 時のオカリナでは、「ハイラル平原」と呼ばれるとても広い平原を自由にかけまわることができます。

だだっぴろいフィールドなので当然移動時間は長く、ずっとBGMが続きます。しかし、このBGMには特殊な仕掛けがされていました。

この作品は、BGMが部品ごとに分割されており、BGMが状況ごとにスムーズに切り替わります。

同じBGMなのに、プレイする度に少しずつ変わっていくのです。

これは、最近ではインタラクティブミュージックと呼ばれているような手法です。

 

一見将棋ゲームでも同じ手法が使えそうに思います。しかし、音楽に何かしらの動的な工夫を入れようにも、そう簡単にいかない理由があるのです。

なぜなら、(対人ではなく対COMがメインの)将棋ゲームでは、AIの出来の良さが最も重要な要素のひとつだからです。

AIは基本的には計算リソースを使えば使うほど強くできるので、CPUにはできる限りAIに関する処理以外はさせたくありません。音楽関連の処理は最小限にしたいのです。

特に最強羽生将棋ではこのAIを最大限強化するということについての熱量がすさまじく、思考中の画面書き換えを最小限に押さえるなど様々な工夫がなされていました。多面指しの効率的な処理については特許まで取得しています。

実際に最強羽生将棋では、ただBGMを流しているだけにもかかわらず、BGMのオンオフで指し手に影響が出ることが確認されています。

 

 

3.楽曲の盛り上がりなどがかえって思考の妨げになる

ゲームにおいて素晴らしいBGMとされる曲では、大きな盛り上がりやかっこいい展開などの要素があることが多いです。しかし、それらの要素もあまり使いすぎるとプレイヤーの思考をもっていってしまいます。プレイヤーが長時間思考を行う必要がある将棋ゲームではマイナスになることがあるのです。

 

なお、最近の将棋ゲームの中でBGMが高い評価を受けている「将棋ウォーズ」では

・ゲーム自体が超早指しに特化しており、長時間BGMを聞き続けることがない

・メインがCOMとの対戦ではなく対人戦なので、ハードウェアへの負荷を考える必要がない

という特徴があり、最強羽生将棋とは大きく事情が異なります。

 

最強羽生将棋の対局BGMはなぜ邪魔にならないのか?

最強羽生将棋の対局BGMが邪魔にならないのは、先程挙げた

 

1.ループが気になって集中が削がれる

2.音楽にハードウェアリソースが使えない

3.楽曲の盛り上がりなどがかえって思考の妨げになる

 

という3点を完璧に克服しているからです。

 

最強羽生将棋の対局BGMはずっと聞いていてもループが気になりませんし、特殊な処理もないのでCPUやメモリもあまり使いません。楽曲も盛り上がってサビにいったりせず、あくまで雰囲気を作る裏方に徹しています。

 

でもちょっとまってください。

2と3はわかりますが、1はどうやって実現しているのでしょうか。

 

この楽曲は短いフレーズを部品として組み合わせて作られています。

これらのフレーズに適当に番号をつけて並び順を示すと以下のようになります。

1→2→3→2→4→2→3→5→3→1…

 

重要なのは、一般的な楽曲のような規則的な並びになっていないことです。

 

これならプレイヤーはどこでループしているかを把握できず、楽曲は永遠に続いてるように感じます。

実際、海外における最強羽生将棋のBGMの紹介記事ではループ長を思いっきり間違えて紹介されています(本当はもっと長いです)。

これは先程紹介したインタラクティブミュージックと近いように感じますが、こちらは予め順番が決まっており、動的に切り替えることはできません。

これなら状況に応じた楽曲の組み換えはできない変わりに、CPUやメモリのリソースをほとんど消費しないのです。

 

もちろん適当にフレーズをバラバラに並べただけではいい楽曲にはならないので、これは新澤氏の腕があってこそできることなのだと思います。

 

特筆すべきは、この楽曲を作った新澤氏は将棋はあまりできないらしいということです。

実際に将棋ゲームをたくさんプレイして課題を知っていたわけでもないのに、これだけゲームに合った楽曲が作れるのは驚きです。

 

 

まとめ

最強羽生将棋の対局BGMは、私が今までプレイしてきた将棋ゲームの中でも最も優れたものの1つだと思っています。

ぜひ最強羽生将棋をプレイするときは、対局BGMをオンにしてみてください。

また、最強羽生将棋をまだもっていない方は、店頭で見かけたらぜひ手にとってみてください。

 

余談ですが、新澤氏はSETAの金沢将棋シリーズ(最強羽生将棋を含む)と森田将棋シリーズの両方の作品を手がけていますが、それぞれ明確に雰囲気を変えています。

全部そろえて楽しんでみるのも面白いのではないでしょうか。

 

【更新情報】

2020/07/04 マイクロコードカスタムについての記述を削除(最強羽生将棋独自のマイクロコードの設計意図について裏付けが取れなかったため)

2021/02/17 文章を読みやすく修正