【2019/12/23 追記】タイトルが誤解を招くというご指摘をいただいたため、タイトルを修正しました。
ネットでコンピュータ将棋に関する書き込みを見ていると、「Bonanzaの登場以前と以降ではコンピュータの棋力は異次元になった」という書き込みをよく見かけます。
Bonanzaは2005年に公開され、翌2006年にはノートパソコン一台で世界コンピュータ将棋選手権に優勝しています。
2009年にBonanzaがソースを公開してからというもの、Bonanzaがはじめて実用化した「三駒関係」は一世を風靡し、2018年の世界コンピュータ将棋選手権においては決勝に残った全8チーム中7チームが三駒関係の拡張型(KPPT型。BonanzaのKPP[三駒関係]に手番を付与したもの。NineDayFeverが最初に実用化した。)を採用するなど、Bonanzaがコンピュータ将棋界に与えた影響が大きいことは疑う余地もありません。
また、2007年にはBonanzaが渡辺竜王と熱戦を繰り広げており、これも「Bonanzaがコンピュータ将棋を変えた」という印象を与えているのでしょう。
しかし、実際に当時の記録を調べてみると、Bonanzaが登場した瞬間に他のコンピュータ将棋プログラムをぶっちぎったような形跡はなさそうです。
とりあえず実測値を見てみる
将棋倶楽部24に投入されたコンピュータ将棋プログラムのレートは以下のとおりです。
(基本的に各ソフトのその年の最高レートをプロットしていますが、最高レートのデータのない年はその年の途中のどこかしらの段階のレートをプロットしていたりします。予めご了承ください。)
※元データ
2013年、2015年のPonanza(Bonanzaではない)についてはPonanzaの勝率が高すぎてレートが正常に測れていないと思われますが(2015年に至ってはもはや無敗)、Bonanzaの登場した2005年前後についてはある程度参考になる数字だと思われます。
見ての通りBonanzaが出現した2005年に他のソフトの棋力をぶっちぎっていた様子はありません。
また、2005年時点で古参のコンピュータ将棋プログラムYSSとほぼ同等のレートであることから、将棋倶楽部24全体のレートのインフレ、デフレの影響によってレート上昇が隠れているということでもなさそうです。
実際、開発者の保木氏自身も、当時のBonanzaを著書「ボナンザVS勝負脳―最強将棋ソフトは人間を超えるか」の中で「(他のソフトと)同じレベルに過ぎない」と評しています。
(共著の渡辺竜王(当時)は、ボナンザの対人における強さを高く評価していたものの、プロには及ばないという評価を下していました。)
コンピュータ将棋はいつからめちゃくちゃ強くなったの?
コンピュータ将棋の棋力の上昇については、uuunuuun氏による以下の記事がとても詳しいです。
レートが急激に伸び始めたのは、Bonanzaが登場した2005年、Bonanzaのソースコードが公開された2009年ごろではなく、2014年〜2015年ごろだということが見て取れると思います。
この少し前に強豪ソフトAperyがオープンソースとなり、この急激なレート上昇が見られる期間にAperyにNineDayFeverやPonanza由来のKPPTや雑巾絞り(自己の探索結果を用いた強化学習)が搭載され、やねうら王や技巧、elmoなど多くの強豪ソフトが登場しました。
やねうら王オープンソースプロジェクトは、近年では強豪ソフトの多くがライブラリとして使用していることでも有名ですね。
まとめ
Bonanzaがコンピュータ将棋の作りを変えた偉大なソフトだったということはおそらく事実と言えるでしょう。
しかし、よく語られるような「Bonanzaが登場した瞬間にコンピュータの棋力が跳ね上がった」というのは事実に即していません。
人は分かりやすい物語を求めがちですが、実際にはコンピュータによる人類超えは一人の英雄だけによって成し遂げられたものではなく、多くの開発者の方の努力の積み重ねにより成し遂げられたものではないでしょうか。
おまけ
渡辺竜王対Bonanzaに使われたものと近いと見られる市販バージョンのBonanza 3.0は、マイボナで走らせるとマルチスレッドでの思考に対応します。(無料バージョンでは対応しません。)
筆者のほうで検証したところ、大体家庭用PCのi7-4770あたりで8スレッドで動かすと渡辺竜王と対局したマシンより少し遅いくらいのスピードが出るらしく、おそらくこれより少し性能のいいマシンでBonanza 3.0を動かすと渡辺竜王対Bonanzaを追体験できます。
ぜひお試しください。
参考文献
保木 邦仁, 局面評価の学習を目指した探索結果の最適制御, 2006
保木 邦仁; 渡辺 明, ボナンザVS勝負脳―最強将棋ソフトは人間を超えるか, 角川書店, 2007
http://www.magnolia.co.jp/bona.html
追記
Twitter等でご意見を頂いた点について補足していきます。
Q.BonanzaはノートPCなのに強いので、ソフトとしては頭ひとつ抜けてたのでは?
A.記事中で参照しているのは24のレーティングですが、24の投入マシンは、Bonanza公式サイト(閉鎖済み)と選手権のページの記述を照らし合わせると選手権のノートPCのものではないようです。
また、選手権では対局数が少なく、 激指との対局で激指にバグが出るなどのトラブルもあったことから、ある程度運も味方したものと思われます。
(当然Bonanzaに実力がないとどんなに運がついていても優勝できません。あしからず。)
Q.2014〜2015年に伸びたというより2011年〜2014年が停滞期にみえるのだけど?
A.リンク先の記事をみていただきますと2012年にデータがないのですが、実はこの時期には2011年のBonanza 6.0を最後にトップ層のコンピュータ将棋プログラムの公開が少なくなった結果、全体としてデータが少なくなっています。
2014年の末頃に電王戦にも参加したトップソフトのAperyが公開され、続いてやねうら王オープンソースプロジェクトが始まったこともあり、ここから再びトップ層のソフトの実力が見えるようになったものと思われます。
2011年から2014年を直線でつないだとしてもそれまでのレート向上よりは緩やかにはなっていますが、停滞期と呼べるかはわからないと考えています。
その他、2011年〜2013年ごろにかけてコンピュータ将棋選手権で猛威を奮っていたPuella α[ボンクラーズ]、GPS将棋などは複数マシンを使ったクラスタを強みとしており、リンク先の記事ではマシンを固定している影響でこれらの技術の発展が見えないというのもあるかもしれません。