最強羽生将棋RTA走者が見たもるすこさんの最強羽生将棋配信

将棋VTuberのもるすこさんが、最強羽生将棋の初見RTA配信をされるという話を耳にした。

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筆者も10年ほど最強羽生将棋をプレイしている身として、この配信を見逃すわけにはいかない。

筆者は「いくらお強い方でも、このゲームを初見で夕方からスタートすると日をまたぐな」と思い、眠気対策の炭酸飲料と長期戦に備えた夜食を用意した。

 

このゲームのRTAは最速で17分27秒で終わるのだが、これは10年かけて作り上げた手順と先行入力などの仕様理解に裏打ちされた操作の最適化があってこそだ。

今までに筆者が取った様々なデータから、どんなに強い人でもこのゲームを初見でプレイすると2時間以上はかかるというのが筆者の予想だ。

 

とはいえ、もるすこさんは私より棋力が高く、おそらく無敗で門下生大会を突破するだろうとも考えていた。

 

……このあと、筆者は自分の想定が甘かったことを思い知ることになる。

不穏な幕開け

まず初戦の相手である生方。ここが異変の始まりだった。

生方は初心者の方でも勝てるように、序盤から大駒をただで捨てるなどアクロバティックな悪手を指してくるように設定されている。当時は羽生善治七冠王の誕生により空前の将棋ブームで、このゲームは任天堂の新ハードNINTENDO64のローンチタイトルとして発売されたゲームだ。そのため、将棋初心者もこのゲームを手に取ることは火を見るより明らかだ。そこで、最初の門下生は初心者でも勝てるように調整されている。

間違っても生方とアマ初段の間でまともに将棋が成り立ってはならない。

 

私の想定では、もるすこさんが序盤から圧倒して50手ももたずに生方が投了することになるはずだった。

ところが、今日の生方は露骨な悪手を指さない。

当然もるすこさんは危なげなく勝ちきったが、切られ役として存在している生方がアマ初段であるもるすこさんを相手に普通に将棋を成立させてしまうのは異常事態だ。

思えば、これがなにかの予兆だったのかもしれない。

 

そして、駒落ちの多田、碓氷を危なげなく撃破し、平手の永沢戦へ。

先手:もるすこ
後手:永沢 由美
▲7六歩      △3四歩      ▲2六歩      △4四歩      ▲2五歩      △3三角
▲4八銀      △3二飛      ▲3六歩      △6二玉      ▲6八玉      △5二金左
▲3七銀      △7二玉      ▲4六銀      △8二玉      ▲3五歩      △同 歩
▲同 銀      △4二飛      ▲3四歩      △2二角      ▲2四歩      △同 歩
▲同 飛      △4三飛      ▲2三歩      △4二飛      ▲2二歩成    △同 飛
▲同飛成      △同 銀      ▲4一飛      △2八飛      ▲3八角      △7二銀
▲2一飛成    △2三飛成    ▲4四角      △3三歩      ▲同歩成      △1二龍
▲3二龍      △3一歩      ▲4一龍      △5一金引    ▲2二と      △4一金
▲1二と      △4八歩      ▲同 金      △3九飛      ▲4九金      △同飛成
▲同 角      △4八金      ▲1六角      △5二金左    ▲4一飛      △1二香
▲5二角成    △5八金      ▲同 金      △4三歩      ▲6二馬      △9二玉
▲8二金      △同 玉      ▲7一銀

まで69手で後手の勝ち

 

ぎnぎn銀という聞き馴染みのない戦法で永沢を圧倒していく。

序盤から相手の駒組みの不備をつき、角を詰まして優勢を築いてからも隙を見せることがない。非の打ち所がない完勝だ。

 

やはり、生方が善戦してしまったのは不運な事故だったのだ。

そう思っていた矢先―

 

もるすこさんは三浦に敗北を喫してしまった。

 

本気を出した門下生たち

先手:もるすこ
後手:三浦 久司
▲7六歩      △3四歩      ▲2六歩      △4四歩      ▲2五歩      △3三角
▲4八銀      △3二飛      ▲6八玉      △6二玉      ▲3六歩      △5二金左
▲7八玉      △7二玉      ▲3七銀      △8二玉      ▲4六銀      △7二銀
▲3五歩      △4五歩      ▲3三角成    △同 桂      ▲5五銀      △3五歩
▲2四歩      △同 歩      ▲同 飛      △2二飛      ▲2三歩      △3二飛
▲2二角      △1五角      ▲2八飛      △2七歩      ▲同 飛      △2六歩
▲2八飛      △2二銀      ▲同歩成      △同 飛      ▲3八金      △2七歩成
▲同 金      △3九角      ▲1六歩      △2八角成    ▲1五歩      △5五馬
▲2六歩      △4八飛      ▲6八銀打    △3八飛成    ▲6六角      △同 馬
▲同 歩      △2七龍      ▲3四歩      △2九龍      ▲3三歩成    △2六飛
▲2二角      △1九龍      ▲1一角成    △2九飛成    ▲5九金      △同 龍
▲同 銀      △同 龍      ▲9六歩      △5八角      ▲4二と      △6九角成
▲8八玉      △7九馬      ▲7七玉      △6七金      ▲8六玉      △9四桂
▲9五玉      △8四銀

まで80手で後手の勝ち

 

最強羽生将棋の門下生の棋力には、三浦とその次の飯塚の間に一つの壁がある。

三浦までは定跡をほとんど知らないのに対し、飯塚はプロの手によって作られた数万手規模の定跡を知っている。この定跡は最強羽生将棋の思考エンジンである金沢将棋に最適化され、戦型を増やすと同時に、金沢将棋が苦手とする戦型に突入することを効果的に防いでいる。

逆にいえば、三浦までは序盤が隙だらけだ。私はもるすこさんが三浦までは瞬殺すると予想していた。

 

筆者の目から見て、決してもるすこさんが弱いわけではない。筆者ともるすこさんはウォーズの10切れ段位は同じであるものの、実際にはもるすこさんの方が強いだろう。

この配信や他の配信を見る限りでも、特に序中盤はもるすこさんのほうが格段に上だ。

現に、△1五角は筆者も全く読んでおらず、打たれた瞬間に思わず声を上げてしまった。

三浦が、こんな手が指せるのかー

 

認識を改めなければならない。筆者はこの10年でこのソフトを深く理解した気になっていたが、実際には何も知らなかったのだ。

考えてみれば当然のことだ。90年台、「コンピュータ将棋界の羽生善治」とまで評された金沢伸一郎氏が作り上げた叡智の結晶であるこの思考エンジンを、筆者程度が簡単に理解できるなど、思い上がりも甚だしい。

 

かつて、瀬戸五段(当時)がゲームオンの記事で最強羽生将棋の最高レベルである「研究レベル」と対局し、中盤まで互角の対局を繰り広げ、アマ三段と評していた。また、別の雑誌では勝又四段(当時)がレベル5をアマ二段と評していたという。

筆者自身がとった対局データからも、最強羽生将棋の最高レベルの棋力は将棋倶楽部24でR1800以上(二段、町道場であれば三段クラスか)であることが読み取れる。

最強羽生将棋の序盤力、中盤力は当時のソフトの中ではずば抜けて高いのだ。それこそ、現代の有段者とも渡り合えるほどに。

 

筆者はこのゲームで将棋を覚えたが、思考エンジンの穴をつくことばかりを学習してきた。

また、私は普通に対局しているつもりでも、おそらく無意識に最強羽生将棋が力を出せない形に誘導しているのだろう。

そのために、この門下生たちの本当の力を知らなかった。

いや、正確には知識としては知っていた。しかし、心のどこかで、最強羽生将棋は人間の有段者には手も足も出ないのではないかと思っていた。

 

10年間、常にタイム短縮のことばかりを考えていた私は、最強羽生将棋のことを本当は何も理解していなかったのだ。

 

名局は相手がいてはじめて完成する。もるすこさんと、金沢将棋。

私は未だかつて、こんなにのびのびとした門下生の将棋を見たことがない。それもそのはずである。私が門下生を理解できていなかったのは、私の棋力が足りないせいにほかならない。

 

その後、負けることもあるものの、もるすこさんは門下生の三浦や、更に強い門下生にも圧巻の差し回しで最後には勝利していく。

片や90年台―機械学習技術が将棋に実用することができなかった頃に作られた、開発者の叡智の結晶。

片や現代のYouTubeで、最先端技術をもって将棋の魅力を発信するVTuber

その内容は、是非アーカイブでご覧頂きたい。

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1日2日ではクリアできないため、後日への持ち越しとなった。その後の配信で語ったところによると、より実力をつけて再挑戦されるという。

 

より強い門下生ともるすこさんが対局したとき、どのような棋譜が生まれるのか。

今後の配信にも目が離せない。