1996年発売の最強羽生将棋のラスボスの攻略法が、時を超えて2010年のスマホアプリに通用する話

1996年に発売されたNINTENDO64用ゲームソフト「最強羽生将棋」の門下生大会モードのラスボス「金沢信之介」の攻略方法をご存知でしょうか?

それは、初手で飛車を4筋に振っておくことです。

 

初手で四間飛車に振っておくと、金沢は妙な駒組をしてきます。

それを利用して王の逃げ場がなくなった瞬間を狙って攻めかかれば、簡単に倒せてしまうのです。

 

参考動画: 

youtu.be

この攻略法はシリーズ作品なら何でも通用するかと思いきや、別にそんなこともありません。

なんなら、最強羽生将棋に登場する門下生たちですら、この戦法が通用する相手は限られています。

しかし、そんな限定的な条件でしか成立しない戦法が、なんとスマホゲーム「金沢将棋レベル100」に通用することがわかってきました。

具体的な手順と通用するゲームソフト

まず、具体的な手順をご覧ください。(将棋がよくわからない方はすっとばしてください。)

プレイヤーが攻めの準備を整えている側に、自ら玉を動かしてきます。更に、囲うにあたって玉周辺の歩を一切動かしていないため、逃げ場もなく一瞬で決着がついてしまいます。

 

最強羽生将棋

手合割:角落ち
下手:金沢信之
△4二飛      ▲6八玉      △9四歩      ▲7八玉      △9五歩      ▲6八銀
△8四歩      ▲5八金右    △3二銀      ▲4八銀      △7二飛      ▲7九角
△4二玉      ▲8八玉      △3一玉      ▲7八金      △9三桂      ▲9六歩
△同 歩      ▲同 香      △6二銀      ▲9四歩      △8五桂      ▲9三歩成
△5一金右    ▲8三と      △9六香      ▲7二と      △9五香
まで29手で上手の勝ち

金沢将棋レベル100(Android

沢信之介戦と同じ角落ち

手合割:角落ち
下手:金沢将棋レベル100(Android) レベル100
△4二飛      ▲6八玉      △3二金      ▲7八玉      △4一玉      ▲4八銀
△8二銀      ▲6八銀      △8四歩      ▲5八金右    △7一金      ▲7九角
△9四歩      ▲8八玉      △9五歩      ▲7八金      △5一玉      ▲3六歩
△9三桂      ▲9六歩      △同 歩      ▲同 香      △8三銀      ▲9四歩
△8五桂      ▲9三歩成    △8二金      ▲同 と      △9六香      ▲8三と
△9五香
まで31手で上手の勝ち

 

平手

後手:金沢将棋レベル100(Android) レベル100
▲6八飛      △4二玉      ▲1六歩      △1四歩      ▲3六歩      △3二玉
▲3七桂      △4二銀      ▲2六歩      △5二金右    ▲7六歩      △5四歩
▲3八飛      △3一角      ▲3五歩      △2二玉      ▲3四歩      △3二金
▲4五桂      △6二銀      ▲3三歩成    △同 銀      ▲3四歩      △4四銀
▲同 角      △同 歩      ▲3三銀      △同 桂      ▲同歩成      △1二玉
▲2五桂      △2九銀      ▲3二と
まで33手で先手の勝ち

 

平手版では端歩を突かれておりオリジナル手順より若干玉が広いですが、いずれも30手台前半で勝利できています。

金沢将棋レベル100と最強羽生将棋は、思考エンジンの開発会社が同じ「株式会社キワメ」です。

とはいえ、株式会社キワメが思考エンジンを開発しているタイトルでも、この手順が成立するタイトルはごく一部です。

 

具体的には、最強羽生将棋(1996年)と金沢将棋'96(1996年)には、限定的な条件ではあるもののこの手順は成立します。

しかし、その後の多くの作品*1には通用しません。*2

更には、同じレベル100を冠した作品でも、Windowsパッケージ版の金沢将棋レベル100や、Android版「みんなの将棋」内の金沢将棋レベル100モードにも通用しません。

 

一体なぜなのでしょうか?

 

それを知るには、まずこの手順の詳細について知る必要があります。

 

初手四間飛車で思考が乱れるメカニズム

とはいうものの、私もこの手順のメカニズムを解き明かせているわけではありません。しかし、おそらくこうだろうという仮設はあります。

 

将棋の戦法は飛車の位置によって大きく2つに分けることができます。飛車をもともといる右側で戦う居飛車、飛車を左に展開して活用する振り飛車です。

この2つの組み合わせによって、両者ともに居飛車の「相居飛車」、片側が振り飛車の「対抗系」、両者とも振り飛車の「相振り飛車」というざっくり3種の戦型に分けられます。

90年代後半以降の金沢将棋は居飛車振り飛車の両方を指しますが、両者ともに振り飛車の「相振り飛車」だけはあまりやろうとしません。

 

さて、「相振り飛車」を避ける想定であれば、プレイヤーの戦型が振り飛車ならば対抗系を目指せばいいということです。つまり、コンピュータは居飛車を指せばいいのです

本来将棋では一部の例外的状況を除き、玉が初期位置のまま戦いが起こると不利になるケースが多いとされています。

また、攻めの要である飛車に守るべき玉が接近していると戦いに巻き込まれて基本的にはよくないので、通常飛車と玉は盤上の逆側に配置します。

つまり、飛車の位置をどこで戦うかを決めた時点で玉を左右どちらに動かせばいいのかが決定できるのです。

 

とはいえ、すぐに玉を移動させる場合に気をつけなければいけないのは、移動途中の不安定な状態で強襲されること。

ですが、それもこの場合は問題ありません。振り飛車の中でもこの手順につかっている「四間飛車」という戦法では、あまり早い段階で攻めかかっていくような指し方は少ないのです。*3

 

つまり、プレイヤーが四間飛車をしてきた時点で、コンピュータは囲いに行ってもある程度安全なのです。

 

囲いを作るには、玉を所定の位置に移動させ、その玉を守るように他の駒を移動させる必要があります。

当時のコンピュータは計算が遅く、読みだけで囲いの完成形までたどり着くことはできません。放っておくと延々に囲ってくれないとのことです。

そこで、金沢将棋では、①囲いの目的地に玉がいる前提で他の駒の配置の評価値を算出する、②玉を目的地に近づく手に加点するという方法で囲わせているそうです。

 

そういった事情から、通常の四間飛車よりもあまりに早く戦型判定ができてしまう初手四間飛車では、玉の移動を過剰なほど優先してしまい、結果としてそこを狙い撃ちにされてしまうようです。

なぜ最強羽生将棋の他のCOMや、同開発元の別の作品に通用しないのか

ところが、この手順は最強羽生将棋のラスボスには通用しますが、他の多くのキャラ、更には同開発元の多くの作品には通用しません*4。なぜでしょうか。

 

まず、最強羽生将棋ですが、実は初手四間飛車への対処方法を手入力の定跡データとして持っています。なので、本来一定より高いレベルの相手にこの戦略は通用しません。

しかし、この定跡データも完全ではありません。この定跡データは局面ごとの指し手を記録しているものなので、平手用の定跡データを駒落ちに応用することはできないのです。

基本的に平手用を中心に定跡を作っているため、角落ちで対局することになるラスボスの金沢はこの定跡を使うことが出来ないのです

 

また、その後の他作品についてもそれぞれの理由でこの手順が通用しません。

例えば、金沢将棋 月(1999年)はPS1用ソフトです。PS1は最強羽生将棋が発売されたN64よりメインメモリが非常に少ないため、同じ金沢将棋でも大幅に簡略化された全く別物のプログラムになっているようです

また、金沢将棋'98(1998年)は、私の体感としてはシリーズでもかなり異質で、あまり形にとらわれず柔軟な攻めを繰り出してきます。そのため、他のシリーズ作品とは傾向が全然違います。普通に面白い棋風ので再販してほしいです。

更にその後の金沢将棋シリーズはPC用が中心となり、2000年代のPCは90年代のそれとはパワーが違うため、ほとんどの場合は読みの力でこの手順が防がれてしまうのです。*5

 

復活した初手四間飛車手順 〜金沢将棋レベル100とは何者か〜

それから随分の時が経ち、2010年の金沢将棋レベル100でこの手順は再び通用するようになりました。一体、なぜでしょうか。

 

2010年当時のスマートフォンの性能が低く、さらにスマホゲーにふさわしいテンポのよさが求められるため早く指す必要がありました。これらの制約により十分に読みを深めることができないのはこの手順が通用する理由のひとつでしょう。しかし、それだけではありません。

Android版金沢将棋レベル100は、タイトル通りレベルが100段階あります。しかし、単純に強さを100等分しただけではあまりおもしろくありませんね。

そこで、このゲームではそれぞれのレベルに得意戦法をもたせているのです。

こうしておけば退屈しないだけでなく、単純に攻略していくだけでいろいろな戦法への対処を自然に覚えることができるのです。とてもよくできたゲームですね。

 

コンピュータに得意戦法を持たせるのはいうほど簡単ではありません。

単純に局面と指し手を登録した定跡データでは、データにない手をプレイヤーが指してきたら破綻してしまいます

こうした単純な方法を使っている将棋ソフトでは、特に定跡に詳しくない初心者に対しては、何の戦型を指定しても同じ指し手になってしまうことがあります。これは初心者から有段者までをカバーするレベル100のコンセプトには合いません。

 

そうした状況をさけるため、金沢将棋の長年に渡って蓄積されたノウハウによって、プレイヤー側の指し手に対応しながらも駒組の制約を強くしてものと思います。

ところが、駒組の制約が強くなったということは、相手の出方によらずあらかじめ決められた指し手を優先してしまい、場合によっては狙い撃ちにされやすくなるということです。これにより、90年代の弱点が復活しているものと思われます。

 

古くからの技術を活用しつつハードウェアの変化と現代的なニーズに応えようとした結果、大昔の弱点が復活してしまうなんて面白いこともあるものですね。

 

ちなみに、金沢将棋レベル100は現在も発売中です。また、その方針を受け継いだ続編「金沢将棋2 〜レベル300〜」はAndroidiOSWindowsPS4、Switchで好評発売中です。(プラットフォームによって若干タイトルは異なります。)

楽しいのでぜひ買ってくださいね。

 

参考文献:

松原 仁 - コンピュータ将棋の進歩 〈3〉

金沢将棋 集大成 鉄壁の3戦法 公式ホームページ

*1:金沢将棋'98(1998年)や金沢将棋 月(1999年)、金沢将棋2003(2002)など

*2:逆にそれ以前の作品については金沢将棋'95は未検証、対局将棋 極には通用しませんでした。

*3:穴熊天守閣美濃囲いを相手に急戦で一気に崩しに行く藤井システムという特殊な四間飛車はありますが、金沢将棋はあまり穴熊天守閣美濃囲いをやらないので考慮する必要はありません。

*4:厳密には工夫をすれば他のキャラにもある程度は適用できるのですが。

*5:実際にはWindows CEなどの極めて非力なデバイス向きにも展開されていたようですが、こちらについては筆者が所持していないため通用するかは不明です。情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら教えていただけますと幸いです。