皆様は「NANOTE」を覚えていらっしゃいますでしょうか。
2020年5月1日に発売されたドン・キホーテから発売されたUMPC(Ultra Mobile PC = 超小型のモバイルPC)で、ドンキが突如としてマニアックな分野に参戦したことから注目を集めました。
一方、あら捜しのような形で悪い方向でも話題になった悲しいデバイスでもあります。(ただし、このとき流れた欠陥に関する情報の半分くらいはデマだったことがわかっています。)
その後、2021年、2022年と毎年5月に後継機が発売されていたのですが、今年は5月を過ぎても発表がありませんでした。
これはNANOTEにとって一つの区切りではないかと思いましたので、今まで使ってきた思い出を振り返っていこうと思います。
NANOTEに出会う前
そもそも私が小型PCに興味をもったきっかけは、はるか昔の学生時代にまでさかのぼります。
Windows 10へのアップグレードに失敗し起動しなくなった父のお下がりのPC*1をもらった私は、これにLinuxを突っ込んで使っていました。小さなバッグにでも放り込んでおけば、どこでもすぐに取り出せてコードや文章を書くことができるこの圧倒的な身軽さに惚れ込みいつでも持ち運んでいました。
さて、そんな幸せな生活も愛用していたPCが何もしていないのに壊れたために幕をおろします。
いや、違うんです。本当に何もしていないんです。
実家のリビングでコーディング作業を中断してテレビを見たあと、視線をPCに戻したら画面がバッキバキに割れていたんです。本当になんで?
(PCの名誉のために言っておくと、この時点でこのPCは4年以上使用されており、私の手に渡った時点でバックパネルにヒビが入っているくらいボロボロでした。何かしらのダメージが蓄積していたものと思います。)
NANOTEとの出会い
それから時は流れ、私はUMPCという超小型PCカテゴリがあることを知りました。UMPCという言葉には当初は厳密な定義があったようなのですが、今では10インチ以下くらいのサイズのノートPC、もしくは携帯ゲーム機型PCの総称として使われているようです。
それからほどなくして、ドン・キホーテがNANOTEというUMPCを出そうとしているというニュースを目にしました。
しかし、当時の私はUMPCに興味を抱いていたものの買うつもりはありませんでした。
というのも、私がUMPCを知ったあとに発売されたUMPCは、すべてキーボードの配列がめちゃくちゃ特殊だったのです。
考えてみれば当たり前の話なのですが、超小型の筐体には普通のキーボードを搭載するスペースがありません。
どこでもプログラミングができることに魅力を感じていた私にとって、キーボードの使い勝手は犠牲にするわけにはいかなかったのです。
そんな中、自称PC通の方々から「NANOTEに搭載されているAtomというCPUは使い物にならない」という声が上がり始めているのをみました。
個人的にはAtomも使いようによっては使えると思っていましたし、実際長年連れ添った愛機を馬鹿にされたように感じたので、カチンときて以下のような記事を仕上げました。
しかし、売り言葉に買い言葉のような形とはいえNANOTEを記事のネタにしてしまった以上、これで買わなかったら私は無責任エアプ野郎に成り下がってしまいます。
そういうわけでしぶしぶ発売日の早朝にドン・キホーテに足を運んだのです。
ファースト・インプレッション:Linuxなら案外使える
このマシンを買ったはいいものの、Windowsで使うつもりはありませんでした。
というのも、私はWindowsをすでにほとんど使っていません。Linux用の優秀なアプリも多いほか、最近ではWebアプリの発達などもありOSごとにできることの差が縮まっています。その上で、WindowsとLinuxを比較した時、Linuxのほうが使いやすいというのが私の率直な感想です。
ということで、初回起動してバックアップだけ取ったら早速Linuxディストリビューションの一種であるKubuntuをインストールし、早速使い始めました。
この手のマイナーなモバイルPCにもかかわらず不具合が少ないようで、ほぼ問題なく動きました。
ここで嬉しい誤算がありました。キーボードが案外使い物になるのです。
近年の大体のUMPCのキーボードの配置は、使いやすくしようと独自に工夫が施されています。
そのキーボードだけをずっと使う想定ならば、これは合理的と言えるでしょう。しかし、現実にはそのキーボードだけでなく、職場のPCやメインのデスクトップPCなどでタイピングを行う機会も多いのです。それらの両方のキーボードを習得するには、Ctrlの位置が左下角でないだけで混乱してまともにPCが使えなくなる私のポンコツすぎる脳みそには荷が重いのです。
一方、初代NANOTEのキーボードは素直に通常のJIS配列のキーボードのキーを面積に合わせて塊単位でゴソっとずらしただけの単純な配列です。
おかげでカギカッコの位置が不自然だったりいろいろ批判はあがっていますが、特にひねりがないおかげで通常のJISキーボードとの両立は案外行いやすかったです。
この経験から、「あれ?案外俺普通にUMPCのキーボードに順応できるんじゃね?」と思って他社製品を買ったらダメでした。思い上がりでした。俺はNANOTEと共にしか生きていけない。
また、キーストロークも適度に深く、底板がしっかりしていてたわみも少なく、キーボード全体として非常によくできているなというイメージです。
ただキーの印字に明朝体とゴシック体が混じってて見栄えが悪いのはなんなんだ。
発売直後のお祭り騒ぎ
さて、私が早朝に買いに行ったのはコロナ禍での混雑回避でしかなかったのですが、実際発売日の昼頃には完売となっていました。
当然SNSでも大盛り上がりなのですが、大好評とは言い難い感じでした。
組み立て精度の甘さから放熱が不十分でパフォーマンスが十分に出ない個体などが割とあったそうです。放熱が必要なCPUの上をアンテナ線が横断しているにわかにはしんじられない写真などもSNSに投稿されていました。
しかし、これらの悪評の中には悪意あるデマも含まれていました。
例えば、これはガジェット系メディアであるすまほん!!の公式アカウントのツイートです。
メモリが偽装リマーク、すぐに膨らむバッテリー、技適の番号が合ってるか確認できずetc、ヤバい報告が続出してる…… https://t.co/etyZVnqYeT
— すまほん!! (@sm_hn) 2020年5月3日
メモリが偽装リマークについては公式が否定しているものの、そこそこ根拠も示されている情報なようなので私のような素人には何も言えません。
しかし、現実には膨らんでいるようにみえるのは組み立て精度の甘さが原因で、使用する上で支障はありませんでした。いや、それでも普通に見栄えは悪いのですが、バッテリー膨張のように発火につながるたぐいのものではおそらくありません*2。また、技適があっているのかを発売直後に確認できないというのは、この手のよくわからないガジェット、特に海外モノのガジェットではあるあるです*3。海外ガジェットの情報を扱っているすまほん!!さんがその程度の事実を知らないわけがなく、これをヤバい報告に含めているのは明確なミスリードと言えるでしょう。
ちなみにすまほん!!さんはこのあとネガキャンツイートへのセルフリプライでさらっと自身のメディアが提供を受けているメーカーの機種を宣伝しています。
2万円のNANOTE、話題性は抜群だけど、さすがにUMPCの評判を毀損しそう。最低でも予算を2倍以上増してChuwi MiniBookぐらいは選ばないと。やはり理想はGPDやOneMix。
— すまほん!! (@sm_hn) 2020年5月3日
実際2万円なりの出来でツッコミどころがあったのは事実だったのですが、他のガジェット系メディア・YouTuberもガジェット屋さんじゃないドンキならいくらぶん殴っても提供が消えたりすることはないので殴り放題フラットプラン登場と言わんばかりにぶん殴り、悪評フェスティバルが開催されていました。
また、今はなきEngadget日本語版の記事ではUSB充電が割と規格通りに動いていることなど安物機器にしては頑張っている点が挙げられていましたが、やはりSNSで拡散されるのは十分に検証されていない悪評のようです。
カスタマイズ
さて、使い倒すためにはまずチューニングです。
Atomは低性能とはいえ、Kubuntuで使用する分にはそこまでケチケチする必要はありません。
メモリや計算能力よりも足りないのは、画面の面積です。
とても当たり前の話なのですが、PCが小さいので画面も小さいのです。
テキストを打つ場合、1行でも多く表示できたほうがありがたいです。そこで、邪魔なウィンドウのタイトルバーやメニューバーやタスクバーを全部統合して左側に持っていきました。
以下の画面でメニューバーはどこにあるでしょうか?
ここでした。
Linuxではデスクトップ環境を自由に選択できるのですが、このカスタムができてなおかつNANOTEの性能でも軽快に動作するデスクトップはKDE*4くらいしか知りません。他にもあればぜひおしえてください。
使い倒そう
ここまで能書きばかりたれていますが実際何に使っているのでしょうか。
もちろんこのブログにもNANOTEで書かれた記事はたくさんありますが、せっかくフル機能のPCなんだからブログを書くだけではもったいないですね。
そんなわけで、割と色々できたかと思います。
Flashゲーム・アプリ存続のお手伝い
高度な内容ではないものの、とても価値のあることだと思います。
RuffleというFlash Playerの互換実装があるのですが、一部のサイトに導入いただいている日本語暫定対応のカスタム版を作成いたしました。
ファン・ユーザーを抱えながらも終了予定だったゲームやサービスの存続に微力ながら貢献できたことを誇りに思っています。
Rustのビルドは重いですし、その前にRuffleのような大規模プロジェクトのビルドはRustじゃなくてもこのPCでは厳しいので、流石にRustでの開発自体はデスクトップマシンでやりました。ただ、空き時間にRuffleのバイナリを実行して挙動を確認したり、コードリーディングしながら理解を深めたりできたのは非常に大きいです。
Flash終了間際の年末、私は参加をするRTA in Japan 2020の練習とRuffleのカスタムを両立させなければならない状況だったこともあり、NANOTEでスキマ時間を有効活用することができなければこれを成し遂げることはできなかったでしょう。
RTA研究用ツールの改善
私は最強羽生将棋RTA用に自動的に対局シミュレーションを行い最短手順を構築する研究用ツールを開発しています。NANOTEなら思いついた手法をその場でコードにできるので、色々試さなければならないこの手のツールの開発にはぴったりです。
結果として20分を切ることに成功しました。
その他
日本のイベントで使用されたはじめてのTASbot(とはいえ海外で設計されたものを汲み上げただけ)であるファミリア一号の動作確認にNANOTEが使われていました。
また、各種小物ツールやWebベースの資料作成にもNANOTEを使用しました。
後継機たち
NANOTEには後継機のNANOTE P8, NANOTE NEXTが発売されましたが、私は購入していません。
いろいろ理由はあるのですが、最大の理由は、NANOTE P8で充電がUSB標準に則らない方法になったことです。
どういうことかというと、NANOTE P8用の充電器を他のUSB充電対応機器に刺すと最悪壊れるということです。付属の充電器をNANOTE P8専用に使っている分には問題ありません。
応援の意味で購入も考えたのですが、私は不注意の塊のような人間なので、これを手元においてしまったら、家庭内のUSB機器というUSB機器すべてを破壊し尽くすまで止まらないでしょうから購入するわけにはいきませんでした。
私が買って倉庫の肥やしにするくらいなら、ちゃんと使える人の元に渡ったほうが有意義です。
また、キーボードの配列変更も大きな理由です。ドン・キホーテ公式サイト上で製品にダメ出しを行うことができる「ダメ出しの殿堂」というコーナーがあったので、配列を元に戻してほしいと懇願しましたが、次世代機NANOTE NEXTでもキーボードはもとに戻りませんでした。
こればっかりは好みなので仕方がありません。
終わりに
これは発売前NANOTEが使えないだろうと思っていた自分への自戒も込めてですが、一見使えなさそうなPCも案外使い方によっては全然使えるものです。
他人のPC馬鹿にしてる暇があったら自分のPCを有効活用してあげてください。
私は予備機を入手したのでKubuntu以外を試しに行こうと思います。
それでは。